宇宙の臨界密度:閉じた宇宙か開いた宇宙か

物理学

目次

はじめに

私たちが住む宇宙は、どのような形をしているのでしょうか?そして、この広大な宇宙は永遠に膨張し続けるのか、それとも再び収縮に転じるのか?これらの問いは人類が古くから考えてきた根本的な疑問です。現代の宇宙論において、これらの問いに答えるための重要な概念の一つが「宇宙の臨界密度」です。

宇宙の臨界密度は、宇宙の将来の運命を左右する重要な閾値であり、宇宙の幾何学的形状を決定する要素でもあります。この記事では、宇宙の臨界密度の意味、その測定方法、そして宇宙の形状との関連性について詳しく解説します。第一部では密度パラメータの意味について、第二部では観測結果との比較について、そして第三部では宇宙の形状との関係と将来の予測について説明します。

第一部:宇宙論における密度パラメータの意味

宇宙の臨界密度とは

宇宙の臨界密度(critical density)とは、宇宙の平均的な物質密度がちょうど宇宙の膨張を止めるのに十分な値を示す境界線となる密度のことです。この値は宇宙論において極めて重要な役割を果たしています。

臨界密度は、アインシュタインの一般相対性理論から導かれるフリードマン方程式を基に計算されます。フリードマン方程式は宇宙の膨張を記述する基本方程式で、次のように表されます:

$$\left(\frac{\dot{a}}{a}\right)^2 = \frac{8\pi G}{3}\rho – \frac{kc^2}{a^2} + \frac{\Lambda c^2}{3}$$

ここで、$a$は宇宙のスケール因子、$G$は重力定数、$\rho$は宇宙の平均密度、$k$は空間曲率を表すパラメータ(+1, 0, -1のいずれか)、$c$は光速、$\Lambda$は宇宙定数(暗黒エネルギーを表す)です。

臨界密度$\rho_c$は、空間が平坦($k=0$)で宇宙定数がない($\Lambda=0$)場合に定義され、次の式で与えられます:

$$\rho_c = \frac{3H^2}{8\pi G}$$

ここで$H$はハッブル定数で、宇宙の現在の膨張率を表します。現在の観測値に基づくと、臨界密度は約$\rho_c \approx 5 \times 10^{-30} \mathrm{g/cm^3}$となります。これは非常に小さな値で、原子1個分の質量を東京ドーム約1000個分の体積で割ったような極めて希薄な密度です。宇宙空間は非常に空虚であることがわかります。

密度パラメータΩの定義

宇宙論では、実際の宇宙の平均密度$\rho$と臨界密度$\rho_c$の比を密度パラメータΩ(オメガ)と定義します:

$$\Omega = \frac{\rho}{\rho_c}$$

この密度パラメータΩは、宇宙の運命と幾何学的性質を決定する重要な指標となります。Ωの値によって、宇宙の形状と将来の展開が異なってきます:

  • Ω > 1: 宇宙の密度が臨界密度よりも大きい場合、宇宙は「閉じた宇宙」となり、球面のような正の曲率を持ちます。このような宇宙では、膨張は最終的に止まり、やがて収縮に転じる「ビッグクランチ」という終焉を迎えると考えられていました。
  • Ω = 1: 宇宙の密度がちょうど臨界密度に等しい場合、宇宙は「平坦な宇宙」となり、ユークリッド幾何学に従う平坦な空間となります。この場合、宇宙の膨張は徐々に減速しますが、無限の時間をかけて膨張が止まることになります。
  • Ω < 1: 宇宙の密度が臨界密度よりも小さい場合、宇宙は「開いた宇宙」となり、鞍点のような負の曲率を持ちます。このような宇宙では、膨張は永遠に続き、決して収縮に転じることはありません。

現代の宇宙論では、密度パラメータΩはさらに複数の成分に分解されます:

$$\Omega = \Omega_m + \Omega_r + \Omega_\Lambda + \Omega_k$$

ここで、$\Omega_m$は通常の物質(バリオン物質)と暗黒物質を合わせた物質密度パラメータ、$\Omega_r$は放射(光子やニュートリノなど)の密度パラメータ、$\Omega_\Lambda$は暗黒エネルギーの密度パラメータ、$\Omega_k$は空間曲率の寄与を表します。

宇宙の幾何学的形状と密度の関係

宇宙の密度パラメータΩは、宇宙の幾何学的形状と直接関連しています。この関係性は、アインシュタインの一般相対性理論における空間の曲率と物質の分布の関係から導かれます。

  • 閉じた宇宙(Ω > 1, k = +1): 閉じた宇宙は、球面のような正の曲率を持ちます。このような宇宙では、平行に出発した光線は最終的に交わることになります。また、三角形の内角の和は180度よりも大きくなります。閉じた宇宙は有限の体積を持ちますが、境界はありません。球面上を歩き続けると元の位置に戻ってくるように、閉じた宇宙でも一方向に進み続けると理論的には出発点に戻ることが可能です。
  • 平坦な宇宙(Ω = 1, k = 0): 平坦な宇宙は、私たちが日常的に経験するユークリッド幾何学に従います。平行線は交わることなく永遠に平行を保ち、三角形の内角の和は正確に180度になります。平坦な宇宙は無限に広がっていると考えられています。
  • 開いた宇宙(Ω < 1, k = -1): 開いた宇宙は、鞍点のような負の曲率を持ちます。このような宇宙では、平行に出発した光線は徐々に離れていき、三角形の内角の和は180度よりも小さくなります。開いた宇宙も無限に広がっていますが、空間の広がり方が平坦な宇宙とは異なります。

これらの幾何学的形状は、宇宙の大規模構造や光の伝播にも影響を与えます。例えば、宇宙の形状によって、遠方の銀河から届く光の見え方や、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の揺らぎのパターンにも違いが生じます。こうした違いを詳細に観測することで、宇宙の形状を実験的に検証することが可能となります。

臨界密度の物理的意味

臨界密度の概念は、宇宙の膨張と重力のバランスを考える上で重要です。宇宙の膨張を考えるとき、二つの力が拮抗しています:宇宙の膨張を推し進める力と、物質の重力によって膨張を減速させる力です。

物質の密度が臨界密度よりも大きい場合(Ω > 1)、物質の重力は最終的に膨張を止め、宇宙を収縮に向かわせるのに十分な強さを持ちます。反対に、物質の密度が臨界密度よりも小さい場合(Ω < 1)、物質の重力は膨張を止めるほど強くなく、宇宙は永遠に膨張し続けます。ちょうど臨界密度の場合(Ω = 1)は、この二つの力が完全にバランスする境界条件となります。

臨界密度は、宇宙論における「逃走速度」の概念とも関連しています。天体物理学において、物体が重力圏から脱出するために必要な最小速度を逃走速度と呼びます。宇宙全体を考えると、宇宙の物質密度が臨界密度を超える場合、宇宙の膨張速度は宇宙全体の重力による「逃走速度」を下回ることになり、最終的に膨張は止まり、収縮に転じます。

ただし、現代の宇宙論では、暗黒エネルギーの発見により、この単純な図式は修正されています。暗黒エネルギーは重力とは反対に働き、宇宙の膨張を加速させる効果を持ちます。そのため、物質密度がΩ > 1であっても、暗黒エネルギーの効果が十分に大きければ、宇宙は永遠に膨張し続ける可能性があります。

臨界密度のもう一つの重要な側面は、宇宙の大規模構造の形成との関連です。宇宙初期の密度揺らぎから銀河や銀河団などの構造が形成される過程は、背景となる宇宙の平均密度に依存します。密度パラメータΩの値は、こうした構造形成の詳細にも影響を与えます。

臨界密度は時間とともに変化することにも注意が必要です。ハッブル定数$H$は時間の関数であり、宇宙の膨張とともに変化します。そのため、臨界密度$\rho_c$も時間とともに変化し、現在の値は宇宙の歴史の中での特定の瞬間の値に過ぎません。宇宙初期には臨界密度ははるかに高い値でした。

宇宙論における実際の観測結果では、物質密度パラメータ$\Omega_m$は約0.3程度、暗黒エネルギーの密度パラメータ$\Omega_\Lambda$は約0.7程度と見積もられています。これらを合わせると、総密度パラメータΩはほぼ1に等しく、宇宙は非常に平坦であることを示唆しています。このことは、宇宙マイクロ波背景放射の観測や大規模構造の分布などの多くの観測結果と一致しています。

次の第二部では、これらの理論的枠組みに基づいて、実際の観測結果から宇宙の密度パラメータがどのように測定されているのか、そして現在の観測データが示す宇宙の姿について詳しく解説します。

第二部:観測結果と宇宙密度の測定

宇宙の密度測定の歴史的経緯

宇宙の密度を正確に測定することは、現代宇宙論における最も重要な課題の一つです。この挑戦は、20世紀初頭にアインシュタインが一般相対性理論を発表し、宇宙論的解が導き出されたときから始まりました。

1920年代から1930年代にかけて、エドウィン・ハッブルの観測により宇宙の膨張が発見されると、宇宙の密度に関する問いはさらに切実なものとなりました。初期の観測では、可視光で観測できる通常の物質(バリオン物質)だけを考慮していたため、宇宙の密度は臨界密度よりもはるかに小さいと考えられていました。これは宇宙が「開いた宇宙」であることを示唆していました。

しかし、1970年代になると、銀河の回転曲線の観測から、銀河には目に見えない「暗黒物質(ダークマター)」が存在することが明らかになりました。これにより、宇宙の総物質密度は当初の予想よりも高いと考えられるようになりました。

1990年代に入ると、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の精密観測や、超新星の観測による宇宙の加速膨張の発見など、新たな観測技術と結果により、宇宙の密度パラメータの測定はさらに精緻化されていきました。

現代の観測方法と技術

現在、宇宙の密度パラメータを測定するために使われる主な観測方法には以下のようなものがあります:

  • 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測
    • WMAPやプランク衛星などによる高精度測定
    • 温度揺らぎの角度分布から空間の曲率を推定
    • 音響振動のピークパターンから物質密度と暗黒エネルギー密度を分離
  • 大規模構造の観測
    • 銀河サーベイによる三次元分布図の作成
    • バリオン音響振動(BAO)の検出と宇宙論パラメータへの制約
    • 弱い重力レンズ効果の統計的測定
  • 超新星Iaの観測
    • 標準光源としての超新星の明るさと距離の関係
    • 赤方偏移と見かけの明るさから宇宙の膨張履歴を推定
    • 暗黒エネルギーの寄与の測定

これらの観測方法は、それぞれ独立した手法で宇宙の密度パラメータに制約を与えます。観測技術の向上と共に、これらの測定精度は年々向上しています。

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)は、宇宙誕生から約38万年後に放出された光子が現在まで伝播してきたものです。この放射の温度揺らぎのパターンは、宇宙の曲率に敏感に依存します。平坦な宇宙では、温度揺らぎの角度分布における最初のピーク(第一音響ピーク)は約1度のスケールに現れますが、曲がった宇宙ではこのピーク位置がシフトします。プランク衛星などによる高精度観測から、宇宙はきわめて平坦であることが示唆されています。

大規模構造の観測では、宇宙の物質分布の統計的性質を調べることで、密度パラメータに制約を与えます。特に、バリオン音響振動(BAO)と呼ばれる現象は、宇宙初期のプラズマ中の音波が作り出した特徴的なスケール(約150Mpc)を検出することで、宇宙の膨張履歴や密度パラメータの測定に役立ちます。

超新星Iaの観測は、1990年代後半に宇宙の加速膨張の発見をもたらした革命的な手法です。これらの超新星は、ほぼ同じ明るさで爆発する性質があるため、見かけの明るさから距離を推定できます。遠方の超新星ほど予想よりも暗く見えるという観測事実は、宇宙の膨張が加速していることを示唆し、暗黒エネルギーの存在を支持する強力な証拠となりました。

最新の観測結果が示す宇宙の密度

最新の観測結果を総合すると、宇宙の密度パラメータは以下のように見積もられています:

  • 総密度パラメータ: Ω ≈ 1.0000 ± 0.0040
  • 物質密度パラメータ: Ωm ≈ 0.3111 ± 0.0056
    • バリオン物質: Ωb ≈ 0.0490 ± 0.0010
    • 暗黒物質: ΩDM ≈ 0.2621 ± 0.0050
  • 暗黒エネルギー密度パラメータ: ΩΛ ≈ 0.6889 ± 0.0056
  • 放射密度パラメータ: Ωr ≈ 0.0001(現在は無視できるほど小さい)

これらの数値は、プランク衛星のデータを中心に、SDSS(スローン・デジタル・スカイ・サーベイ)やDES(ダーク・エネルギー・サーベイ)などの観測結果を組み合わせたものです。総密度パラメータがほぼ1に等しいという結果は、宇宙が非常に平坦であることを示しています。

特に注目すべき点として、観測可能な通常の物質(バリオン物質)は宇宙の総エネルギー密度のわずか約5%に過ぎないということがあります。宇宙の大部分は、直接観測できない暗黒物質(約26%)と暗黒エネルギー(約69%)で構成されています。これは、私たちが直接観測できる宇宙の構成要素が、宇宙全体のごく一部に過ぎないことを示す驚くべき結果です。

観測結果の不確かさと課題

現代の宇宙論的観測は非常に精密になってきましたが、依然としていくつかの不確かさと課題が残されています:

  • ハッブル定数の緊張関係
    • 宇宙マイクロ波背景放射からの推定値と、局所的な超新星観測からの推定値に約10%の不一致がある
    • この「ハッブル緊張問題」は、観測方法の系統誤差か、あるいは標準宇宙モデルの不完全さを示唆している可能性がある
  • 暗黒物質の正体
    • 宇宙の質量の約26%を占める暗黒物質の粒子的性質はまだ特定されていない
    • 直接検出実験や加速器実験、宇宙線観測などによる探索が続いている
  • 暗黒エネルギーの性質
    • 宇宙の加速膨張を引き起こす暗黒エネルギーの物理的性質は依然として謎
    • 単純な宇宙定数なのか、あるいは時間変化する「クインテッセンス」のようなものなのかは未解決

これらの課題は、宇宙の密度パラメータの測定にも影響を与える可能性があります。特に、暗黒エネルギーの状態方程式(w-パラメータ)が単純な宇宙定数(w = -1)からずれている場合、宇宙の膨張履歴と密度パラメータの関係はより複雑になります。

また、観測技術の限界も考慮する必要があります。例えば、宇宙マイクロ波背景放射の観測では、銀河系内のダストや電波源などの前景放射の影響を正確に取り除く必要があります。超新星観測では、遠方の超新星の光度進化や環境効果の補正が重要です。

標準宇宙モデル(ΛCDM)と密度パラメータ

現在の宇宙論的観測結果は、ΛCDM(ラムダ・コールド・ダーク・マター)と呼ばれる標準宇宙モデルによって最もよく説明されます。このモデルでは、宇宙は平坦(Ω = 1)であり、暗黒エネルギー(Λ)と冷たい暗黒物質(CDM)によって支配されています。

ΛCDMモデルの主なパラメータには、ハッブル定数(H0)、物質密度パラメータ(Ωm)、バリオン密度パラメータ(Ωb)、スカラーゆらぎの振幅(As)と傾き(ns)などがあります。これらのパラメータを様々な観測結果にフィットさせることで、宇宙の基本的性質を推定することができます。

現在のΛCDMモデルは、CMB、BAO、超新星データなど、多くの独立した観測結果と非常によく一致しています。このモデルによると、宇宙は臨界密度にきわめて近く、空間的にはほぼ完全に平坦であることが示唆されています。

ただし、ΛCDMモデルにはいくつかの理論的課題も存在します。例えば、なぜ物質密度と暗黒エネルギー密度が現在の時代に同程度の大きさになっているのか(「宇宙論的一致問題」)、あるいは宇宙がなぜこれほど平坦なのか(「平坦性問題」)といった問いには、インフレーション理論などの追加的な仮説が必要となります。

次の第三部では、宇宙の形状と密度パラメータの関係について、さらに詳しく掘り下げるとともに、将来の宇宙の運命について探ります。宇宙の臨界密度という概念が、私たちの宇宙の過去、現在、そして未来をどのように結びつけているのかを解説します。

第三部:宇宙の形状と将来の展望

宇宙の幾何学的形状の重要性

宇宙の幾何学的形状は、単なる理論的な好奇心の対象ではなく、宇宙の性質と運命を決定する根本的な特性です。宇宙の形状は、密度パラメータΩと直接的に関連していることを第一部で見てきました。ここでは、宇宙の形状がもたらす様々な帰結について詳しく検討します。

宇宙の形状は、光の伝播や物質の分布、そして宇宙の進化に多大な影響を与えます。例えば、異なる形状の宇宙では、遠方からの光の経路が異なるため、同じ距離にある天体でも異なる見かけの大きさや明るさを持つことになります。これは、宇宙論的な距離測定に重要な影響を与えます。

  • 閉じた宇宙の場合の特徴
    • 光線は最終的に交わるため、同じ天体の複数の像が異なる方向から見える可能性がある
    • 宇宙の総体積は有限だが、境界は存在しない
    • 総質量も有限となる
    • 理論的には「宇宙全周航行」が可能(十分な時間があれば出発点に戻ってくる)
  • 平坦な宇宙の場合の特徴
    • ユークリッド幾何学が成り立つ
    • 無限に広がっており、総体積も無限
    • 均一な物質分布を仮定すると、総質量も無限
    • 真っ直ぐ進み続けると、永遠に新しい領域に到達し続ける
  • 開いた宇宙の場合の特徴
    • 負の曲率を持ち、空間が「広がりすぎる」性質がある
    • 平坦な宇宙よりもさらに急速に体積が増大する
    • 同じ距離にある天体でも、平坦な宇宙の場合よりも小さく見える

現在の観測結果が示す宇宙の形状は、きわめて平坦に近いものです。プランク衛星などによる宇宙マイクロ波背景放射の観測から、曲率密度パラメータΩkの絶対値は0.001よりも小さいとされています。この驚くべき平坦性は、宇宙のインフレーション理論によって説明されることが多いですが、なぜこれほどまでに平坦なのかという問いは、現代宇宙論における重要な課題の一つです。

インフレーション理論と平坦性問題

宇宙がなぜこれほど平坦なのかという「平坦性問題」は、1980年代に提唱されたインフレーション理論によって説明が試みられています。インフレーション理論は、宇宙の極初期(ビッグバンから10^-36〜10^-32秒後)に、宇宙が指数関数的な超高速膨張を経験したという仮説です。

インフレーション理論によれば、この超高速膨張によって、宇宙の曲率は急激に「平らにされた」とされています。曲面を考えると理解しやすいでしょう。球面の一部を取り出して十分に引き伸ばすと、局所的にはほぼ平面になります。同様に、宇宙の曲率も、インフレーションによる急激な膨張によって、観測可能な宇宙の範囲内ではほとんど検出できないほど平らになったと考えられています。

インフレーション理論の帰結:

  • 平坦性問題の解決
    • インフレーション前の宇宙がどのような曲率を持っていたとしても、インフレーション後には極めて平坦になる
    • 観測結果との一致が良い
  • 地平線問題の解決
    • 宇宙の異なる領域がなぜ同じ温度を持つのかを説明
    • インフレーション前は因果的に繋がっていた領域が、インフレーションによって急激に引き離された
  • 宇宙の大規模構造の種
    • 量子揺らぎがインフレーションによって宇宙スケールに拡大され、後の構造形成の種となった

インフレーション理論は魅力的な説明を提供しますが、まだ直接的な証拠は限られています。宇宙マイクロ波背景放射のB-modeと呼ばれる偏光パターンの検出が、インフレーションの重力波の痕跡としての証拠になる可能性がありますが、現在のところ確定的な検出には至っていません。

将来の宇宙の運命予測

宇宙の密度パラメータは、宇宙の将来の運命を左右する重要な要素です。古典的な宇宙モデルでは、物質密度だけを考慮して、次のようなシナリオが考えられていました:

  • Ω > 1(閉じた宇宙)の場合
    • 宇宙の膨張は最終的に止まり、収縮に転じる
    • 「ビッグクランチ」と呼ばれる大収縮で終わる
    • 時間は有限で、宇宙には終わりがある
  • Ω = 1(平坦な宇宙)の場合
    • 宇宙の膨張速度は徐々に減少するが、無限の時間をかけて膨張が止まる
    • 時間は無限に続く
  • Ω < 1(開いた宇宙)の場合
    • 宇宙は永遠に膨張し続ける
    • 膨張速度は減少するが、ゼロにはならない
    • 時間は無限に続く

しかし、1990年代後半に暗黒エネルギーの存在が発見されたことで、この古典的な描像は大きく変更されました。暗黒エネルギーは重力とは逆に働き、宇宙の膨張を加速させる効果を持ちます。現在の観測によれば、暗黒エネルギーの密度パラメータΩΛは約0.7で、これは物質の密度パラメータΩmよりも大きいです。

暗黒エネルギーを考慮した場合の宇宙の将来予測:

  • 宇宙定数型暗黒エネルギー(w = -1)の場合
    • 宇宙の膨張は永遠に加速し続ける
    • 「ビッグリップ」とは異なり、局所的に束縛された系(銀河や太陽系など)は維持される
    • 非常に遠い将来、宇宙はほとんど空虚になり、他の銀河は視界から消える
  • ファントムエネルギー型(w < -1)の場合
    • 暗黒エネルギーの密度が時間とともに増大する
    • 最終的には「ビッグリップ」と呼ばれる事象で、すべての構造が引き裂かれる
    • 原子や素粒子レベルの構造さえも破壊される可能性がある
  • クインテッセンス型(-1 < w < -1/3)の場合
    • 暗黒エネルギーの効果が時間とともに変化する
    • シナリオは様々だが、多くの場合、宇宙の膨張は永続的に加速する

現在の観測では、暗黒エネルギーの状態方程式パラメータwは-1に非常に近く、宇宙定数に近い振る舞いを示しています。したがって、現在の標準的な見解では、宇宙は永遠に加速膨張を続け、いわゆる「熱的死」または「ビッグフリーズ」と呼ばれる状態に向かうとされています。

多重宇宙と宇宙の臨界密度

現代の理論物理学では、私たちの宇宙が多重宇宙(マルチバース)の一部に過ぎないという考え方も検討されています。多重宇宙の概念は、インフレーション理論や超弦理論、量子力学の多世界解釈など、様々な理論的枠組みから導かれています。

多重宇宙の文脈では、宇宙の臨界密度は以下のような意味を持ちます:

  • インフレーション多重宇宙モデル
    • 無限に続くインフレーション場の中で、局所的にインフレーションが終了した「泡宇宙」が多数存在する
    • 各泡宇宙は異なる密度パラメータを持つ可能性がある
    • 私たちの宇宙の平坦性は、人間の存在に適した宇宙に私たちが住んでいるという「人間原理」によって説明される場合もある
  • 弦理論ランドスケープモデル
    • 10^500程度の異なる真空状態が可能とされる
    • 各真空状態は異なる物理定数と宇宙論的定数を持つ
    • 暗黒エネルギーの値が小さい宇宙だけが複雑な構造形成を許し、生命を育む可能性がある

多重宇宙の考え方は、私たちの宇宙の特殊な初期条件や物理定数を説明する一つのアプローチですが、直接的な検証が非常に困難であるため、科学的仮説としての地位についてはまだ議論が続いています。

結論:宇宙の臨界密度と現代宇宙論

宇宙の臨界密度という概念は、現代宇宙論における中心的な概念の一つです。臨界密度は宇宙の幾何学的形状を決定し、宇宙の将来の運命に関わる重要なパラメータです。

現在の観測結果は、宇宙の総密度パラメータΩがほぼ1に等しいことを示しており、宇宙はきわめて平坦であることが示唆されています。これは、宇宙初期のインフレーションによって説明される可能性がありますが、なぜ宇宙がこれほど精密に平坦なのかという問いは、依然として現代宇宙論の重要な課題です。

同時に、宇宙の構成成分に関する発見は、私たちの宇宙観を大きく変えてきました。可視物質はわずか5%に過ぎず、残りの95%は暗黒物質と暗黒エネルギーという、まだ直接検出されていない謎の成分で占められています。暗黒エネルギーの発見は、宇宙の将来に関する古典的な予測を覆し、宇宙は永遠に加速膨張を続けるという新たな描像をもたらしました。

宇宙の臨界密度と宇宙の形状に関する研究は、より精密な観測装置や新たな観測手法の開発によって、今後もさらに発展していくでしょう。例えば、次世代のCMB観測ミッションやダークエネルギー探査ミッション、重力波観測などによって、宇宙の基本的性質についての理解がさらに深まることが期待されています。

最終的に、宇宙の臨界密度という概念は、私たちの宇宙がどこから来て、どこへ向かうのかという根本的な問いに対する答えを模索する上で、今後も中心的な役割を果たしていくでしょう。

タイトルとURLをコピーしました